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新人研修

ここ数日間、しもごうには若者がたくさんやってきました。ご近所にある大きな企業から、新入社員の研修の一環として障害福祉の現場を体験するというプログラム。体育館を使わせて頂いたり、工場構内の売店にうちの製品を置いて頂いたり、地域貢献活動のノベルティとしてうちのお菓子を使っていただいたりと良いお付き合いをさせていただいています。

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3年目にして急成長を遂げているスタッフⅠ、こういった場面も安心して任せられます。


残念ながら、いまの世の中で『標準的な』人生においてはその視野に障害者はあんまり(ほとんど)入ってきません。たった一日の体験ではあるけれど、これからの彼らにとってなにかの影響があるといいな、と思っています。


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ライフステージ [所長の部屋]

秋らしい気候になってきました。見かけによらず夏が苦手な私としてはうれしいです。

先週の金曜日に、内部研修を行いました。今回のテーマは『計画相談について』、おとなり泉区の指定特定相談事業所きくみみの相談員さんを講師にお招きして、制度のこと、実際のケース、見立てやマネジメントのポイントなど、盛りだくさんの内容でした。
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学んだことはたくさんありますが、そのなかでもひとつ肝要な事柄だと感じたのが、当事者のライフステージを意識する視点が大切だということです。ライフステージなんていうと難しい感じがしちゃうけど、要するにオトナなんだからオトナなりの暮らし方を、ということだと思います。

そういった観点から注目すべきニュース(←クリックするとリンクが開きます)がありました。オトナなんだから事業所と自宅の往復で生活パターンが固まってるのって貧しいよね、ということで『第3の場』を確立しようという運動です。

仕事が終わったらまっすぐ帰宅するんじゃなくてジムに行ったりフットサルの練習に行ったり寄り道したり飲み会があったり、そういうのが成人期の暮らしの在り方でしょ、と。

これが単に日中活動の時間を延ばすとかになってしまうのではなく、ちゃんと『第3の場』を確立しようという動きにつながると良いな、と思います。

運動って、大事。



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避難訓練 [時事]

急に涼しくなった9月初日、今日は大きな地震があったという想定で避難訓練をしました。

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いざというときにいっぺんにいろんなことをできるわけではないので、とにかく大切なことを押さえておくのが大切だと思っています。そして、練習が大切。

まず安全を確保する、そして人数を把握して避難経路の確認。

今後30年のうちに必ず首都圏を大きな地震が襲うと言われています。いざというときに少しでも何とかして状況を乗り越えるためには練習が大切だと思います。

余談ですが、“今後30年のうちに必ず首都圏を大きな地震が襲う”っていうのはわたくしが小学生だった約35年前から言われていますが(同じようなこととして“今後30年でガソリンは枯渇する”っていうのも30年以上前から言われている気がします)、実際どうなんでしょう。

なんて言ってないで、練習。
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報告の難しさについて [所長の部屋]

NPO法人活動ホームしもごうには事業所が3か所あって、それぞれがそれぞれに活動しています。スタッフは基本的に固定なので、自分が配置されている以外の事業所のメンバーの様子や活動の内容も共有するために3事業所の常勤スタッフ全員で週に1回ミーティングをしてしています。

情報の共有というのはとっても大事なことであり、とっても難しいことでもあります。特に『報告』っていうのは発信・受信サイドそれぞれ当該の事象についての受け止め方や感覚によるバイアスがかかるものなので、報告された事象そのものだけでなく、その報告を発信する側は受信側の、受診する側は発信側の感覚的なところ(つまりどんなバイアスがかかりやすいかっていうこと)も受け取って(あるいは織り込んで)いかないといけません。このことが抜けると、情報共有はうまくいかないことがあります。

っていうのを実感したできごとが最近ありました。

第3しもごうのスタッフから『里芋が大きくなっている』という報告は、確かに受けていました。
しかし、こんなにでかくなってるとは…
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どうなっちゃうんだろうか、この先。


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出店情報! [イベント・行事]

いまさらこんなに暑くなってどうしたいと言うのか。
っていう感じの陽気です。

さてさて、明日は東戸塚地域活動ホームひかりのビッグイベント『ぴっかり夏祭り』に出店いたします。
施設のイベントとしては珍しく15:30スタートという設定。キッズダンスに紙芝居、お馴染み地域密着アイドルkaho*さんのステージ、そしてメインは駐車場にやぐらを組んでの盆踊り。東京音頭と炭坑節とアラレちゃん音頭の無限ループ、今日から練習しないと。

イベントのフライヤーはこちら(クリックするとリンクが開きます)

ぜひお越しください。
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今日ふと気になったこと [日常]

夏休みが明けて、しもごうは平常運転。

今日ふと気になったことがみっつ。

ひとつめ。送迎車をすいすい運転していたらカーナビが“この先400メートル、不動坂を先頭に600メートル渋滞しています”と。
ん?それだと今すでに渋滞の中にいることにならないか?

ふたつめ。しもごうの近くの某ジャイアンツ系の新聞販売店のお兄さんがベイスターズのユニフォーム着て配達してたんですけど、あれはアリですか?

みっつめ。やまゆり園の再生基本構想策定に関する検討をしてきた部会の報告書(クリックするとリンクが開きます)が出来上がったとのこと。従前の規模での建て替えでなく小規模・多機能化を目指すようです。
やまゆり園だけでなく入所施設(特に公立)全体の方向性を改めて考えるきっかけになってほしいですね。

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1年が経って [所長の部屋]

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津久井やまゆり園で凄惨な事件があってから1年が経ちました。

社会に、そして特に障害児者支援に携わる者にとって非常に大きな衝撃を与えた事件。あれから、自分なりにあれこれ考えたり読んだり聞いたりしてきました。

新聞やメディア上の色々な人の意見にはできるかぎり目を通しましたし(特に青土社の雑誌『現代思想』の特集号は考えさせられる論考が多かったです。このような地味な雑誌に増刷がかかったとのことで、たくさんの人がこれを読みたいと思ったのだと思います)、やまゆり園の家族会会長さんのお話を伺う機会もありましたし(1/22『福祉を創る学校』@港南台ひの特別支援学校)、集会にもいくつか参加しましたし(1/26@県民サポートセンター、7/26@戸塚フォーラム)、やまゆり園のみなさまが仮り暮らしをしている芹が谷園舎での地域交流イベントのお手伝いをさせていただいたりもしました。

そうした様々なことの中で、自分なりに考えたことを書いてみたいと思います。

当事者とその『意思』について。
今回の事件を踏まえて『意思決定(支援)』が大きくクローズアップされています。『意思』っていうのはなにか、なにを指しているのか、改めて考えると、意外と難しいです。けれど、『意思』になるまえの(なるかどうかもわからない)心の動きとか、気持ちの塊みたいなものは、誰もにあります。知的な『障害』がどんなに重度であっても、必ずあります。これは、ここをすべての出発点にしようという約束である(1+1=2みたいなもの)のと同時に、長く現場にいる者としての実感でもあります。だから、“意思決定ができない重度障害者”なるものは存在しようがありません。心の動きや気持ちの塊が『意思』として(ある程度共有可能な形で)提示されるためには、その形成プロセスと表出プロセスをどうやって支援できるか、に尽きます。質問―返答という即時的かつ標準的なフォームに乗ることができるかどうかは関係ありません。表情だとか肌艶だとか身体の動きだとか視線の動きだとか、当事者の『意思の表出』はさまざまです。ときには食欲がある、とか、よく眠れている、とか、そんなことが表現だったりもします。表出に時間がかかったり、キャッチするのが難しかったりしますが、それは本質的な問題ではありません。とにかく、心の動きや気持ちの塊はあるのです。

ご家族の想いについて。
ご家族が本人に寄せる想いの量や密度には、いつも敬意を感じます。自分だっていろいろ考えているつもりだけれど、とても及ばないなぁ、と。
ただ、それはひとまず措いて、それでは家族(今回の件をめぐっては特に親)の想いが常に本人の意思と重なるかと言ったらそんなことは全くないわけです。わたしたちは自分の生き方を決めるにあたって親の望みをどの程度参照したでしょうか。親が望むほど勉強しましたか?親が望んでる会社に就職しましたか?お父さん、初めて娘が家に連れて来たカレシは気に入りましたか?。
家族の望みや想いはどこまで行っても家族の望みや想いであって、本人のそれではありません。かつて(今でもなくなったわけではありません)重い障害のある我が子の将来を悲観して心中というような事件が何度もありました。その時に、本人は死にたかったのでしょうか。否だと思います。
今回の件では、特に建て替えをめぐって家族の想いがクローズアップされています。元の規模で再建してみんなで戻ることが家族会の総意である、と。大変な事が起こったときに、とにかくバラバラにならずにみんながひとつにまとまろうと考えた家族会会長さんの判断は緊急対応として非常に的を得ていたと思いますが、1年が経過した今、100人以上の『親』には100通り以上の望みがあるのではないかと思います。これに関して一つ気になるのは、やまゆり園で暮らしておられるみなさんのなかにはご高齢の方がかなりおられて、そういう方(やその親御さん)はまだ『地域生活』を支えるシステムがほとんど皆無であった時代に施設入所という選択をしているわけで、時代とともにまがりなりにも支援の仕組みができてきましたよ、ということをご存知ない可能性があります。実はこんな選択肢もあるのか、と知ったら、また変わってくる部分もあるのかな、と思います。つけ加えれば、ご本人としても20年とか30年とか入所施設で暮らしていて、いきなり『入所施設で暮らし続けますか?それともグループホームに住みたいですか?』って聞かれたって困るはず。ラーメンとバクテーどっちが好き?って聞かれてるようなもんです(バクテー(肉骨茶)はシンガポールの庶民に親しまれているスープ、とってもおいしいですけど誰も知りませんよね)。

我々自身のすべきことについて。
われわれは『支援者』という立場で(給料をもらって)障害児者の地域生活にコミットしています。そこには『個別支援計画』なんてものがあったりして、介助だったり、見守りだったり、手伝いだったり、アドバイスだったり、ただ待つことだったり、そんなことをしているわけです。だけど、我々がそういう職務をどれだけ濃密に果たしたとしても、それは今回の事件を防ぐ役には立たなかっただろうと思うのです。『重度障害者』の生の価値を否定するという動機によって我々が支えるべき人たちが命を失ったのだから、我々がすべきことは『重度障害者』(を含むすべての人)の生の価値が肯定される世の中をつくることであるはずです。つまり、運動です。当事者にコミットするとともに、当事者とともに社会にコミットすることにこそ我々の存在意義があるのだと思うのです。別にプラカードを掲げてデモをしようとかっていうことではなくて(してもいいと思いますが)、みんなが作ったなにかを誰かが手に取ってくれることだって、みんなと一緒にコンビニに行ったりファミレスに行ったりすることだって、そういう全てを通じて社会に向かって発信してゆくという意図があれば運動なわけです。

そういうもろもろのことをつらつら考えつつ、じゃあ今日からどうすればよいのか、っていったら、結局のところ『みんなと一緒に一喜一憂しつつ愉快にやっていこうぜ』っていうことしか思いつきません。というか、それに尽きます。要するに『みんなが笑って生きられる世の中に向かっていこう』ということです。
“みんなが笑って生きられる世の中なんて価値がない”と思っている人も含めた『みんな』。


っていうような今まで考えてきたいろんなことを、少し大きなステージで話す機会がありそうだったんですが、あまりのステージの大きさにおののいて自分より適任と思う方(シルエットだけでわかる人にはわかる、冒頭の写真の壇上にいる方です)のお名前を出して逃げてしまいました。
自分なりに考えてきたつもりではあったけど、大きな舞台で自信をもって話すほどには考えられていなかったということなのだと思います。

これからも、考え続けてゆきたいと思います。

おまけとして、なんだかなぁ、と思っていることがふたつ。
ひとつめは福祉なんて税金の無駄遣いだ的な意見(ではなくてただのいちゃもん)を意外と目にすること。税とはそもそも再分配の仕組みなので『弱者』のために多く使われるのは当然のことだし、誰もがバリアーなく生きられるためのハードやソフトを整えることが無駄だと言うのならあなたがまずそれを放棄してくださいって話です(例えば障害児者にとっての移動支援はあなたにとっての道路のようなものですが、あなたがドライブしてる時に“お前がドライブする道路を舗装するのに税金がいくらかかってと思ってるんだよ”って言われたりしませんよね)。
もうひとつ、こちらは真剣に腹立たしい、報道の在り方です。
2~3日前に新聞に、この事件の犯人に現在の心境を尋ねたところ手紙が返ってきた、というような記事が新聞各紙に載りましたが、ここに書く気にもならないような無知と偏見と軽薄さに満ちた彼の主張をわざわざ活字にして改めて衆目にさらすことに何の意味があるのでしょうか。“彼の行動や思想を賛美するような風潮が一部にあることを解決するのが社会の責務”などと言うのなら、なぜそのような行動や思想を改めて喧伝するのでしょうか。ある事件の犯行の動機として一度は報道されるべきことかもしれませんが、1年経って相変わらずですなんて情報にはなんの意義も見出せません。犠牲者が匿名であるのは遺族の意向によると言われていますが、ではなぜ彼の主張など目にしたくないし報道してほしくないという遺族の思いは踏みにじられるのでしょうか。報道することの意味や意義についてもっと真剣に考えてほしいです。

ーすごく力を入れて書いた記事なのにアップしてから読み返したら最後が愚痴っぽいので、ここから加筆ですー

運動について考えるときに、いつも思い出すことがあります。しもごうで働き始めて4年ほどたったある日、横浜市立大学の学園祭のなかで『さようならCP』という映画の上映会があって、それを観に行きました。日本における当事者運動のパイオニアである青い芝の会の活動を追ったドキュメンタリー、完成したのが1972年ですからわたくしと同い年ということになります。かなり挑発的な内容でした(というか社会を挑発するために撮られた作品でしょう)。
上映会と討論がセットになった企画だったので、壇上には出演者(つまり青い芝の会のメンバー)の方が何名かおられて、フロアとのやりとりがありました。学生たちからいくつもの質問があって、それに丁寧に答える姿を見ながら、この人たちはこれをずーっとやり続けてきたんだな~、と思いました。たぶん今日フロアから出た質問はすべて今までの運動の中で繰り返し繰り返し聞かれてきたことで、そのたびに何度でも答えてきたのだろうな、と。そして、思い切って質問してみました。“こうやって長く運動を続けているその原動力は何なんでしょうか”、と。そしたら、すぐに“それは憤りです”と答えてくれました。そして続けて“憤りっていうのは、怒りとは違うんです。わかりますか?”と。壇上から思いがけず質問が返ってきたのにびっくりしつつ“わかるとは言えないけどわかるような気はする”みたいに答えたら、“憤りっていうのは、『義』にかかわることなんですよ”と言われました。
たった二言三言のやりとりでしたが、『義』にかかわること、という言葉がとても重く響きました。そして、そうか、自分の仕事も“『義』にかかわること”なんだな、と思いました。仕事を始めて4年といったら、業務については何となく板についてきて、それでは自分の仕事って芯の部分でなんなんだろうかなんて悩んでいた頃で、その悩みに対してなにか答えをもらったような、ふっと腑に落ちるような感覚になったことが忘れられません。
あのとき答えてくれたのは横田さんだったのでしょうか。あるいは若き日の渋谷さんだったのでしょうか(お二方についてはここ数日の神奈川新聞の特集で触れられています)。それとも、どなたかほかの方だったのか。“『義』にかかわること”。その言葉を、これからも忘れずにいたいと思います。
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宣伝です② [所長の部屋]

もひとつ宣伝。

明日は「ともに生きる社会」を考える7.26神奈川集会(←クリックするとリンクが開きます)に参加します。

7月26日という日付は我々にとってこれからずっと忘れられないものになるでしょう。


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宣伝です [所長の部屋]

しもごうの近くにてんかんの専門クリニックがあります。

うちのメンバーも何人かお世話になっていて、診察の付き添いなどで何度かお目にかかる機会があり、そのたびにすごくいいドクターだな~と思っております。

そのドクターが、本を出されたとのこと。
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これはぜひ読んでみないと。


そんでもって、そのドクターが主宰するよこはま福祉実践研究会の研修企画シリーズ『福祉を創る学校』の次回予告も届きました。

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これはぜひ行かないと。

とか言ってこの研修はわたくしも司会として登壇予定。完全に宣伝です。

みなさま、ぜひ。


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実習生 [時事]

梅雨明けしてないってホントかな?ていうかそもそも梅雨入りしたのかな?っていうぐらい雨が降らないな~と思っていたら昨日はいきなり豪雨がありました。

先週は特別支援学校の3年生が実習に来ていました。メンバーのみんなはオトナだな~と改めて感じました。そして今週は別の実習生が。

近所に新しく障害福祉事業所が立ち上がることになりました。運営する法人はこれまで高齢者や児童分野での実績はあるけれども障害者支援は初めてとのことで、そこに配属される予定の職員さんが『障害者支援の現場について知りたい』と3日間の実習をしています。

これっていいなあ、と思います。

例えば日産の新入社員がトヨタで研修するかっていったら絶対しないと思いますし(注)、ドトールの新入社員がスターバックスで研修するかっていったら絶対しないでしょう。同じようにベイスターズのルーキーがジャイアンツのキャンプに参加するかっていったら絶対しないし、マリノスのルーキーが横浜FCのキャンプに参加するかっていったら絶対しないはず。

われわれは『事業者』ではないし(いやそういう側面もあるけれどすくなくとも社会のなかでの立ち位置はそこではないという意味で)、もちろんメンバーのみんなはお客様ではありません。だから、障害福祉事業所の間の関係というのもお客さんを取り合うライバルではなくて共に障害児者の地域生活を支える仲間なのだと思います。

きれいごとのように響くかもしれませんが、どちらかと言えば綺麗な話ではなくて、障害児者の地域生活を支えるというミッションを達成するためには競争なんかしている場合ではなくて、支え合っていかなければとても追いつかない、という状況なのだと思っています。

せっかく近くにできる仲間、高め合ってゆけたらいいな。

とりあえず、徒歩圏にパン屋さんができるっていう時点でかなりナイスなニュースです。


(注)例外的に、トヨタが86のコンバーチブルを設計するにあたって『コンパクトオープンスポーツカーとはなにか』について教えを乞うためにマツダ・ロードスターの開発者に話を聞きに行ったというエピソードがありますが。
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