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移動情報センター推進会議 [所長の部屋]

昨日は戸塚区福祉保健活動拠点フレンズ戸塚で『移動情報センター推進会議』という会議がありました。

移動情報センターは障害がある方の『移動』にまつわる困りごとや支援について総合的に相談を受ける窓口として横浜市が区ごとにひとつ開設している相談機関で、各区の社会福祉協議会が委託されています。

で、移動情報センター推進会議っていうのはその移動情報センターの事業を推進するための会議。メンバー構成は区によって異なるようですが、戸塚区では現在のところ①健康福祉局の担当係長②区役所の高齢・障害支援担当③区役所の子ども・家庭支援担当⓸学校関係(養護/特別支援学校の教員)⑤区社会福祉協議会の事業担当⑥市社会福祉協議会の事業担当⑦基幹相談支援センター⑧生活支援センター⑨その他、という面々。わたくしは⑨枠で出走しております。

推進会議では相談の内容や対応についての報告、事業者との連携、担い手の確保に向けた取り組みなど様々な議題がありますが、個人的には『できたこと』より『できなかった/できないこと』にフォーカスすべきだろうと思っています。移動情報センターによる相談・調整では解決できないニーズや制度の構造的な問題を明らかにして、それを施策展開に反映してこそ『移動支援』を『推進』することになるはずだ、と。かつ、それにあたっては支援者であると同時に事業を運営する者でもあるという自分の立ち位置ならではの見解を述べなければ、参加している意味がないだろう、と。

で、だいたい局の係長に食って掛かる感じになってしまう。別にいちゃもん付けたいわけではないんだけど、なぜか毎回そうなる。

推進会議で毎回話題に上がるのが通学・通所のニーズ。横浜市の移動支援事業は『移動介護』と『通学通所支援』に分かれていて、なぜか後者は報酬単価が安い。前任の係長が“”通学・通所は同じ支援の繰り返しだから難易度が低い”的な説明をしたことがありますが、全く腑に落ちません。教育を受ける権利なんてほんとに人権の基礎の部分(権利を知る権利)なのに、事業者が見つからないから学校に行けないとか言語道断だと思うのです。それに対して行政ができることっていったら報酬単価を引き上げて事業者の参入を促すことぐらいじゃないですか。的なやりとりがもう何年も繰り返されていて、そのたんびに歴代の移動支援係長は“局としても現状は課題だと思っている”ぐらいしか言うことがない。ここで言われたって(しかも⑨その他枠のやつに)、その場で言えるのなんて“がんばります”ぐらいだよな、と思いつつ、やっぱり言ってしまうのです。

ところが。

昨日の会議で係長から“実は通学・通所の単価について移動介護並みにするよう来年度の予算案に盛り込んで市議会に諮っている”との発言。

やった。なんか報われた感じがする。暖簾に腕押し的な感じだったけど、実は暖簾だと思って押してたのがドアだったのか?。

別に戸塚区の推進会議での議論が根拠になったなんて誰も言ってないんだけど(ていうか実際べつに戸塚区の推進会議での議論が根拠になったわけではないんだろうけど)、とにかく言い続けたことが変わりそうっていうのはうれしいです。

しかしこれ書いちゃっていいのかな。





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はみ出していこう。 [所長の部屋]

2019年、今日からしもごうの活動がスタートしました。
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
1月27日(日曜日・快晴)にはしもごうまつりを開催します。みなさまぜひお越しください。

冬休みに『こんな夜更けにバナナかよ~愛しき実話』という映画を観ました。筋ジストロフィーという進行性の病の患者でありながら病院ではなく地域で暮らすことを選び、たくさんのボランティアに支えられてその生を全うした方の実話ベースのドラマです。原作が出版されてすぐに読んで心動かされた者として、どんなもんかな~と思いながら観ましたが、よかったです。よかった。ちゃんと娯楽作品として成立するんだなあ、と。
ただ、娯楽作品として成立することと引き換えに弱まってしまっている部分もあったりして、その弱まってる部分が思い入れの深い者としては歯がゆかったりしました。娯楽作品として成立するということはつまり『世間一般』にとって了解可能であるということですが、『こんな夜更けにバナナかよ』というノンフィクションは『重いハンディキャップがある人が介助者の支援を得て地域で一人で暮らす』という主人公の生き方が世間一般にとって了解可能でなかったからこそ成り立ったわけです。映画のなかでも『了解可能』からはみ出している部分がたくさんあって、わたくしはそこに制作者のメッセージを感じましたが、一方でそのはみ出し方があくまで『了解可能』なはみ出し方にとどまっている、そこに歯がゆさを感じたのだと思います(ついでに言えば原作のタイトルに【~愛しき実話】なんていうなんとなくアレな修辞をつけてたりするのも歯がゆい)。

ともかく、映画を観つつ自分の今までとこれからに思いをはせると、やっぱりまだまだ、はみ出してゆくというか拡げてゆくというか、そういうことをしてゆこう、と思いました。

同じく冬休みに『みな、やっとの思いで坂をのぼる』という本を読みました。水俣病患者を支援する団体で相談員をされている方が書いた本です。とてもよかったです。水俣病は当事者運動や支援活動という点で障害児者の問題と通じ合う構造があると感じます。
心に残る文章がたくさんありました。長く患者支援にかかわられた医師の“強いものと弱いものの中間に立って、何が中立か。本当の中立とは少数者の側に立って初めて実現する”という言葉、肝に銘じたいと思います。


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実感 [所長の部屋]

わたくしごとですが、膝を負傷しました。内側側副靭帯の損傷という診断です。

別に手術をするようなものではなく、湿布とサポーターで保存療法という平凡なコースなのですが、なにしろ靭帯に傷がついているので歩くと痛い。そして動きが悪い。

しもごうの最寄り駅であるJR戸塚駅。改札が橋上と地下にあって、電車を降りたら上に行くか下に行くか。島はふたつ、東京に向かって左側が上りホームで、左側が横須賀線と湘南新宿ラインで右側が東海道線。もうひとつが下りホーム、同じ路線。

で。

下りホームからは橋上改札に行くエレベーターはあるけど地下改札に行くエレベーターがない。上りホームからは地下改札に行くエレベーターも橋上改札に行くエレベーターもあるけど別系統。

ということは、足が不自由な人が地下改札から下りホームに行くためには
①エレベーターで上りホームへ
②上りホームで別のエレベーターに乗り換えて橋上改札内通路へ
③さらに別のエレベーターに乗り換えて下りホームへ
という動きをすることになります。

で、地下改札を入ったところに
“お体の不自由な方が下りホームに行くにはこのように(注;上記①~③)するのが便利です”と表記があります。

いや便利ではないだろ。

ついでに言えば、橋上改札から各ホームへは登りエスカレーターはあるけど下りエスカレーターはない。これまた内側側副靭帯を損傷している身には不便で、上りは階段でなんとかなるけど下りはどうにもならない。歩行に不自由のない人はエスカレーターどっちかひとつだけって言われたら上りお願いしますって答えるだろうけど、いまのわたくしは下りエスカレーターお願いしたいです。言い換えるならば、歩行に不自由な人にとっての下りエスカレーターがニードであるのに対して歩行に不自由のない人にとっての上りエスカレーターはディマンドであるということでしょうか。

ふだん階段はトレーニング道具だと思っているわたくしですが、内側側副靭帯を損傷したことによってこういうちょっとした不便や不具合について実感のこもった気づきがあります。ハンディキャップをもって街で暮らすことをより深く考察するうえで大切な経験だと思うと、損傷した内側側副靭帯に感謝したい気持ちになります。

ただ、実はこうした気づきは以前に右足ハムストリングの肉離れを起こしたときに既に経験したことであり、もっと言えば更に以前に左ひざの腸脛靭帯に炎症を起こした時にも経験したし、右足首の腱が部分断裂を起こした時にも経験したこと。自分が深く考察すべきことは別にあるのではないかという気もします。

サポーターを装着した右足をかばって歩いていると、どうせまたサッカーでしょ、と言われますが、ひとりだけ『おや甘糟さん、鮫にでも襲われましたか』と言った人がいます。

そんなわけないだろ。


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日付 [所長の部屋]

今日は7月26日。

津久井やまゆり園で凄惨な事件が起こってから2年が経ちました。

7月26日という日付には、8月15日とか、3月11日とか、そういう重みを感じます。

よりによってこんなタイミングでどこかの国会議員が性的マイノリティをめぐって愚にもつかない差別的な言質を撒き散らしていて、うんざりしたりします。

多様性を重んじる社会とは“多様性を重んじる社会など無価値”という意見も重んじる社会ということになるわけです。

「価値のある人間・ない人間」という区別などない、あるのは「価値を見出せる能力のある人間・ない人間」という区別である。

脊髄性筋萎縮症という難病患者であり呼吸器を装着して生きる海老原宏美さんが女性活躍推進大賞の受賞に際して都知事に送った手紙の一節を、繰り返し呪文のように唱えています。

海老原さんの手紙の全文はこちら←クリックするとリンクが開きます
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気になること [所長の部屋]

新幹線のなかで起きた事件についての報道のなかで、容疑者をめぐって『自閉症』とか『発達障害』とかいう単語が使われていました。

大きく分けて、この報道にはふたつの問題点があると思います。

ひとつめは、犯罪についての容疑者をめぐる報道のなかでそのような言葉が用いられれば、そこに犯行との因果関係があると誤解する人がいるだろうということです。書いた側にそのような属性と犯行を結びつける意識がないとしても、読んだ人がそう解釈するということは容易に想定できます。まあそもそも因果関係と結びつかない(と書いた人が判断した)属性なら書かないだろうし。“容疑者はみずがめ座”とか“容疑者はサッカー好き”とか書かないだろう、と。(みずがめ座もサッカー好きも今回の事件の容疑者とは関係ない任意の想定です、念のため)

もうひとつ、容疑者が自閉症であったとか発達障害であったとかいうのが全くの伝聞で、事実としてそうであったかどうかの確認をしていないまま記事にしているところです。『自閉症』に関しては同居していた親戚の発言の引用でしたが、『彼は自閉症だったと親戚が述べた』ということと『彼は自閉症だった』ということの間にある隔たりをきちんと伝えなければなりません。

というようなことをつらつら考えていたら、そこらへんのことを実に明快に論じている記事をウェブ上で発見しました。『現代ビジネス』というサイトで原田隆之さんという方が書いておられる『新幹線殺傷事件「発達障害と犯罪」を強調した報道への大きな違和感』という記事です。リンクを勝手に貼っていいかどうかわからないので、検索していただければと思います。読みごたえあり。特に2ページ目。

で、同じサイトに『これから給料が「下がる仕事」「上がる仕事」全210職種を公開』っていう記事もあって、野次馬気分で覗いてみたら、これから給料が上がると予想される仕事のリストに介護・福祉系の職種がたくさんランクインしてるじゃないですか。しかも『生活支援員』なんて職種が36位にあって、注がついていて、その注を見てみたら“施設などで障害を持った人の日常生活支援などを行う仕事”って書いてあるじゃないですか。

これってつまり、要するに『標準化しにくい業務』についてはAIより人間ということなのかなと思います。標準化しにくいというのは属人化しやすいということでもあるし、手放しで喜んでいい話とも思えないんだけれど、ともかくこういったリストにのるぐらいメジャーな職種になった(まだ注が必要だけど)というのは喜んでいいのではないかと思います。
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言語化の難しさ [所長の部屋]

しもごうでは週に一度常勤スタッフのミーティングをしていて、月に一度は非常勤・パート・事務職も含め全体でのミーティングをしています。全体でとは言ってもシフトの関係やそのほかのスケジュールの都合で必ずしも全員が揃うわけではないので、欠席した場合は会議録で内容を確認しています。

私が入職した時に全部で6名だったスタッフが、今では約20名。こうなってくると、『共有』が非常に重要な課題になってきます。で、そのためには事象およびそれに対する見立てを再現可能な形で言語化し、それをさらに要約して文字化するという作業が求められます。これがなかなかむずかしい。

これがなかなかむずかしい、でもすごく大事なことだと認識しているから、スタッフはみんなそこに苦労しています。

こないだ、あるメンバーが冷蔵庫を開けちゃったっていうことがありました。これをただ冷蔵庫を開けたって書いても、はあそうですか、で終わってしまうのですが、大事なのはそこにどんな意図や気持ちの動きがあった(と思われる)のかがちゃんと伝わるように書くこと。手書きの申し送りメモを作りながら“う~ん、なんか違うな~”とうなっている某若手スタッフ。おお、こういう四苦八苦は成長の大きな糧だぞ、と頼もしい思いで覗き込んだら

『冷蔵軍』

って書いては消して。

・・・・・・

そうか。キミは『庫』と書きたいのだな。

それをスマホに頼らず自分でなんとか思い出すことだって成長の大きな糧かもしれないぞ。

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地域差 [所長の部屋]

曇り空、間もなく入梅でしょうか。

昨日、東戸塚方面に用事があって車で向かった時のこと。しもごうを出るときにちょうど雨が降り出して、けっこう雨脚が強いな~と思いながら出発して、戸塚警察の所から新道に乗ったらあんまり降ってなくて、矢沢を過ぎたら全く降ってなくて道路も乾いていて、不動坂を過ぎたらまた降っている、という事象に出くわしました。同じ戸塚区内でこんなにも違うものか、とビックリしました。

このところ家賃補助についていろいろな場面でいろいろな方とお話しする機会が重なっています。
そういう見方、そういう見え方もあるのだなぁと気づくことがいくつもありました。そのなかに家賃の相場の話なんかもあったりして、確かに横浜市っていっても中区や西区と泉区や瀬谷区ではだいぶ違うしなぁ。もしかしたら基準地価と面積を参照して上限に差があってもいいのかも、と思いますが、係数が複雑になって局が困るかな。

まあとにかく、気にしてみると細かいところで差があるものだ、と最近感じています。





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【追記】めざせ大逆転 [所長の部屋]

追記その①
件の署名、その後さらに133筆いただきました。これで合計814筆。
ありがとうございます。

追記その②
きぬさやスナップエンドウ論争はさらにさらに、実は両方混じっているのではないが説が浮上しています。
おいしければなんでもいいか。
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めざせ大逆転 [所長の部屋]

昨日はものすごい雨でしたが、今日はまるで夏のような陽気。暑いです。

先の記事でご紹介した署名活動ですが、各方面にご協力いただいて、しもごうとして681筆もの数を集めることができました。

家賃補助は横浜市の単独事業なので、市の要綱に基づいて行われています。市の要綱を変える手続きは健康福祉局長だか障害福祉部長だかの決裁で完了なのだそうで、別に議会を通す必要はない。だから、どんなに私たちが訴えたところで市がその気になればさっさと変えてしまえるわけです。681筆の署名が(横浜市全体でどれくらいの数になったのかはまだ知りませんが)それを押し返す力になれば、と思います。なんとか大逆転を目指したい。そしてたとえ大逆転がかなわなくても、10年後・20年後の後輩たちが今のことを歴史として知ったときに、やっぱり運動が必要なんだな、と思ってもらいたい。です。

ご協力いただいた皆様、どうもありがとうございました。

大逆転と言えば、スナップエンドウきぬさや論争は、やっぱりスナップエンドウだ説が再浮上。こちらも大逆転なるのか。
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続・運動だ!(続・そもそも論) [所長の部屋]

先の記事でご紹介した署名活動、各方面にご協力いただいています。
この間このことでいろんな方とお話しをする機会がありましたが、その中で面白いな~と思ったこと。

署名用紙は表裏になっていて、表が『私たちの訴え』的な文章で裏が10筆分の署名欄です。この表の文章は作業所連絡会のみんなで文案を出し合って完成したもので、一部わたくしの文章を採用していただいております。

で、先日のとある会話の中で“あの文章書いたの甘糟さんでしょう”って言われて、ええ、まあ、部分的にはね、でも、どこら辺ご覧になってそう思ったんですか?って聞いてみたら
“この『そもそも横浜市は』っていうとことか”と。

ビンゴでした。

くしくもこのブログの二本前の記事のタイトルが『そもそも論』。やっぱり、そこなんだな。

ちなみに署名用紙は表裏ともこちら(→クリックするとリンクが開きます)でご覧になれます。ぜひ印刷していただきご活用ください。なお、お使いいただく際は必ず2ページを表裏印刷で1枚としてくださるようお願いいたします。

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