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ドキッとしたこと [所長の部屋]

突然ですが、鴻上尚史さんという作家・演出家がいます。
長いこと、わたくしにとっては特に好きとか興味があるとかではなく、有名だから名前は知っているけど作品はよく知らないという存在だったんですが、先日読んだ『不死身の特攻兵』という本がすごく面白くて、ああ、こういう作品を書く人だったんだ、と思いました。

で、その鴻上尚史さんが人生相談をしているウェブサイトがあって、これがまたなかなか良いのですが、その最新の回(→クリックするとリンクが開きます)を読んでドキッとしました。

相談の内容を要約すると、相談者AさんにはBさんという友達がいて、Bさんは家庭環境にも恵まれず、つらいことが多かった。AさんはいつもそんなBさんの話を聞いてあげて、アドバイスをしてあげて、親身に寄り添ってきた。なのに最近Bさんから絶交を言い渡された。なんででしょう。というような感じ。

で、鴻上尚史さんは、その答えのなかで自分がイギリスに留学した時の体験をひいて『無意識の優越感』について触れています。例えば、道に迷っている目の不自由な人に「どうしました?」と話しかける時、僕には無意識の優越感がなかったのか、と。

われわれは『支援者』とか称されていて、障害のある当事者を『支援する』ことで給料をもらっています。そういうわれわれにとっても、この『無意識の優越感』というのは非常に恐ろしいことです。『支援する』という行為(というものが定義可能だと仮定して)は、おせっかいな友人以上に『無意識の優越感』に陥りやすいのだと思います。

学生の実習とか、体験学習とか、そういう機会に“この仕事の難しさや苦労はどんなことですか”という質問を受けることがあります。苦労や難しさなんて枚挙にいとまがないんですが、いちばん苦しいのは『支援者』である自分のなかにも障害者に対する偏見がある、ということに気づかされる、ということです。そのことを、この『無意識の優越感』という言葉は鋭く指摘しています。

当たり前のことですが、われわれ『支援者』は、『支援者』という肩書を手に入れたからといって自分の偏見や差別意識や優越感を自動的に削除できているわけではないのです。むしろ、『支援者』という肩書があるからこそ、自分のメモリのなかにそういう有害なファイルが入り込んでいないか、いつも点検しなければいけないのだと思います。

って、これ書いてよかったのかな。




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ことばの意味 [所長の部屋]

桜もそろそろ終わりかな。

しもごうのある横浜市は障害福祉にかける予算がわりあい多くて、国が全国標準で定めている制度の他にも市が単独で要綱を定めている事業がたくさんあります。そのため、『進んでいる』と評されることがしばしばあります。

それはそれでよいことだと思います。最近は市単の事業が縮小傾向にある気がしますが、それはそれとして、福祉職採用であったりケースワーカーの配置であったりっていうのも横浜にあっては普通のことのように感じますが、ほかの自治体にはなかったりします。

でも、他の自治体にあっても先進的な取り組みはあります。あたりまえですが。

戸塚区と境を接するお隣の鎌倉市では、この4月1日に「鎌倉市共生社会の実現を目指す条例」が施行されました。とても先駆的な取り組みだと思います。

で、雑感。

『合理的配慮』の語義を説明する条文のなかに“市民が日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの”という文章があります。ここを“その他のもの”ではなく“その他一切のもの”としているところに本気を感じます。

共生社会という言葉については“市民一人一人が、お互いを尊重し合い、支え合い、多様性を認め、自らが望む形で社会と関わりを持ち、生涯にわたって安心して自分らしく暮らすことのできる社会”と定義しています。個人的にはここに『ひとりの例外もなく』というニュアンスが込められていたらなおよかったのではないかと感じます。

ほかにも、考えさせられること、感じることがたくさんあります。ウェブでいろいろ検索すると素案とか素案の骨子とかも掘ることができて、その移り変わりをたどってみるのも興味深いです。

共生社会とかインクルーシブとか、最近よく見たり聞いたりします。こういう言葉をよく見聞きすること自体を前進ととらえることもできるし、逆にまだまだそれが実現されていないことの表れだととらえることもできます。ただ、いずれにしても大切なのは、『共生社会』や『インクルーシブ』という言葉が何を意味しているのかっていうのをちゃんと具体的に考えるっていうことだと思います。定義づけるっていうのは一面においてはその定義を線として該当・非該当を分けてしまうという危惧もありますが、その危惧を認識しつつも、ちゃんと中身を吟味していかないと、良い香りだけで味のない料理みたいなことになったり、ヘタすれば共生社会を築くためと称する排除が行われたりしかねないのです。

なんてことをつらつら考えながら条文を読んでいましたが、実は前文がいちばん読み応えあったりします(わたくしがサッカーチームの背番号も自分の車の希望ナンバーも13番にしている理由が書いてあります)。条例はこちら(→クリックするとリンクが開きます)から読めますので、みなさまゼヒ。
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雑感2 [所長の部屋]

最近のニュースで気になったこと。

ニュージーランドで凄惨な事件があって、それ大して対して日本の外務大臣が声明。
『日本は,本日,ニュージーランドのクライストチャーチで残虐なテロ攻撃が行われたことを断固として非難します。亡くなられた方々及び御遺族に対する心からの哀悼の意を表するとともに,負傷者の方々に心からお見舞い申し上げます。
 ニュージーランドが受けた痛みは,我々の痛みでもあります。このような卑劣なテロ攻撃は,いかなる理由でも許されることはありません。ニュージーランドがこの困難な時を乗り越えるにあたり,心からの連帯を表明します』
とのことですが、件の事件はただのテロ攻撃ではなく、特定の宗教およびそれを信仰する人々を狙っている差別犯罪です。差別は許されないと明確に表明してほしかったです。津久井やまゆり園事件の時にも思ったんですけど、単なる規模の問題ではないのです。

イチロー選手の引退記者会見の最後の質疑。
アメリカに行って自分が『外国人』になったことで人の心を慮ったり、人の痛みを想像したりするようになった、と(“今までなかった自分が現れた”と表現しておられました)。
なんと表現してよいのかわかりませんが、刺さりました。

エクセルの山は越えました。

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雑感 [所長の部屋]

年度末です。そろそろエクセルに飽きてきました。

今年度はどうだったんだろう、と振り返ったりしています。

しもごう的にどうだった、というのはまた改めて綴る(かもしれない)として、世の中的にはどうだったんでしょうか。

個人的には、『強制不妊手術』をめぐる進展(訴訟、賠償など)と出生前診断ができる医療機関の要件が緩和されるという二つの事象が気になりました。実はやまゆり園事件と同じぐらいに重いニュースなのではないかと感じています。

先入観と思考停止。これと戦っていかないと。

しかしエクセルに飽きました。


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2月を逃がすな [所長の部屋]

今日は春を思わせる陽気です。

2月は逃げるとよく言いますが、実際の話、2月をどう使うかで3月をどう使えるかが決まってくると思います。で、3月をどう使うかで決まってくるのは…

当然ですが翌年度です。

一年を振り返り、達成と課題を明確にし、改善や新しい企画を考える。これをちゃんとやって、2019年度を実り多いものにするために、2月に逃げてもらっては困るのです。

個々のスタッフに課した振り返りシートは先週金曜が提出期限。
読むのが楽しみです。




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移動情報センター推進会議 [所長の部屋]

昨日は戸塚区福祉保健活動拠点フレンズ戸塚で『移動情報センター推進会議』という会議がありました。

移動情報センターは障害がある方の『移動』にまつわる困りごとや支援について総合的に相談を受ける窓口として横浜市が区ごとにひとつ開設している相談機関で、各区の社会福祉協議会が委託されています。

で、移動情報センター推進会議っていうのはその移動情報センターの事業を推進するための会議。メンバー構成は区によって異なるようですが、戸塚区では現在のところ①健康福祉局の担当係長②区役所の高齢・障害支援担当③区役所の子ども・家庭支援担当⓸学校関係(養護/特別支援学校の教員)⑤区社会福祉協議会の事業担当⑥市社会福祉協議会の事業担当⑦基幹相談支援センター⑧生活支援センター⑨その他、という面々。わたくしは⑨枠で出走しております。

推進会議では相談の内容や対応についての報告、事業者との連携、担い手の確保に向けた取り組みなど様々な議題がありますが、個人的には『できたこと』より『できなかった/できないこと』にフォーカスすべきだろうと思っています。移動情報センターによる相談・調整では解決できないニーズや制度の構造的な問題を明らかにして、それを施策展開に反映してこそ『移動支援』を『推進』することになるはずだ、と。かつ、それにあたっては支援者であると同時に事業を運営する者でもあるという自分の立ち位置ならではの見解を述べなければ、参加している意味がないだろう、と。

で、だいたい局の係長に食って掛かる感じになってしまう。別にいちゃもん付けたいわけではないんだけど、なぜか毎回そうなる。

推進会議で毎回話題に上がるのが通学・通所のニーズ。横浜市の移動支援事業は『移動介護』と『通学通所支援』に分かれていて、なぜか後者は報酬単価が安い。前任の係長が“”通学・通所は同じ支援の繰り返しだから難易度が低い”的な説明をしたことがありますが、全く腑に落ちません。教育を受ける権利なんてほんとに人権の基礎の部分(権利を知る権利)なのに、事業者が見つからないから学校に行けないとか言語道断だと思うのです。それに対して行政ができることっていったら報酬単価を引き上げて事業者の参入を促すことぐらいじゃないですか。的なやりとりがもう何年も繰り返されていて、そのたんびに歴代の移動支援係長は“局としても現状は課題だと思っている”ぐらいしか言うことがない。ここで言われたって(しかも⑨その他枠のやつに)、その場で言えるのなんて“がんばります”ぐらいだよな、と思いつつ、やっぱり言ってしまうのです。

ところが。

昨日の会議で係長から“実は通学・通所の単価について移動介護並みにするよう来年度の予算案に盛り込んで市議会に諮っている”との発言。

やった。なんか報われた感じがする。暖簾に腕押し的な感じだったけど、実は暖簾だと思って押してたのがドアだったのか?。

別に戸塚区の推進会議での議論が根拠になったなんて誰も言ってないんだけど(ていうか実際べつに戸塚区の推進会議での議論が根拠になったわけではないんだろうけど)、とにかく言い続けたことが変わりそうっていうのはうれしいです。

しかしこれ書いちゃっていいのかな。





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はみ出していこう。 [所長の部屋]

2019年、今日からしもごうの活動がスタートしました。
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
1月27日(日曜日・快晴)にはしもごうまつりを開催します。みなさまぜひお越しください。

冬休みに『こんな夜更けにバナナかよ~愛しき実話』という映画を観ました。筋ジストロフィーという進行性の病の患者でありながら病院ではなく地域で暮らすことを選び、たくさんのボランティアに支えられてその生を全うした方の実話ベースのドラマです。原作が出版されてすぐに読んで心動かされた者として、どんなもんかな~と思いながら観ましたが、よかったです。よかった。ちゃんと娯楽作品として成立するんだなあ、と。
ただ、娯楽作品として成立することと引き換えに弱まってしまっている部分もあったりして、その弱まってる部分が思い入れの深い者としては歯がゆかったりしました。娯楽作品として成立するということはつまり『世間一般』にとって了解可能であるということですが、『こんな夜更けにバナナかよ』というノンフィクションは『重いハンディキャップがある人が介助者の支援を得て地域で一人で暮らす』という主人公の生き方が世間一般にとって了解可能でなかったからこそ成り立ったわけです。映画のなかでも『了解可能』からはみ出している部分がたくさんあって、わたくしはそこに制作者のメッセージを感じましたが、一方でそのはみ出し方があくまで『了解可能』なはみ出し方にとどまっている、そこに歯がゆさを感じたのだと思います(ついでに言えば原作のタイトルに【~愛しき実話】なんていうなんとなくアレな修辞をつけてたりするのも歯がゆい)。

ともかく、映画を観つつ自分の今までとこれからに思いをはせると、やっぱりまだまだ、はみ出してゆくというか拡げてゆくというか、そういうことをしてゆこう、と思いました。

同じく冬休みに『みな、やっとの思いで坂をのぼる』という本を読みました。水俣病患者を支援する団体で相談員をされている方が書いた本です。とてもよかったです。水俣病は当事者運動や支援活動という点で障害児者の問題と通じ合う構造があると感じます。
心に残る文章がたくさんありました。長く患者支援にかかわられた医師の“強いものと弱いものの中間に立って、何が中立か。本当の中立とは少数者の側に立って初めて実現する”という言葉、肝に銘じたいと思います。


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実感 [所長の部屋]

わたくしごとですが、膝を負傷しました。内側側副靭帯の損傷という診断です。

別に手術をするようなものではなく、湿布とサポーターで保存療法という平凡なコースなのですが、なにしろ靭帯に傷がついているので歩くと痛い。そして動きが悪い。

しもごうの最寄り駅であるJR戸塚駅。改札が橋上と地下にあって、電車を降りたら上に行くか下に行くか。島はふたつ、東京に向かって左側が上りホームで、左側が横須賀線と湘南新宿ラインで右側が東海道線。もうひとつが下りホーム、同じ路線。

で。

下りホームからは橋上改札に行くエレベーターはあるけど地下改札に行くエレベーターがない。上りホームからは地下改札に行くエレベーターも橋上改札に行くエレベーターもあるけど別系統。

ということは、足が不自由な人が地下改札から下りホームに行くためには
①エレベーターで上りホームへ
②上りホームで別のエレベーターに乗り換えて橋上改札内通路へ
③さらに別のエレベーターに乗り換えて下りホームへ
という動きをすることになります。

で、地下改札を入ったところに
“お体の不自由な方が下りホームに行くにはこのように(注;上記①~③)するのが便利です”と表記があります。

いや便利ではないだろ。

ついでに言えば、橋上改札から各ホームへは登りエスカレーターはあるけど下りエスカレーターはない。これまた内側側副靭帯を損傷している身には不便で、上りは階段でなんとかなるけど下りはどうにもならない。歩行に不自由のない人はエスカレーターどっちかひとつだけって言われたら上りお願いしますって答えるだろうけど、いまのわたくしは下りエスカレーターお願いしたいです。言い換えるならば、歩行に不自由な人にとっての下りエスカレーターがニードであるのに対して歩行に不自由のない人にとっての上りエスカレーターはディマンドであるということでしょうか。

ふだん階段はトレーニング道具だと思っているわたくしですが、内側側副靭帯を損傷したことによってこういうちょっとした不便や不具合について実感のこもった気づきがあります。ハンディキャップをもって街で暮らすことをより深く考察するうえで大切な経験だと思うと、損傷した内側側副靭帯に感謝したい気持ちになります。

ただ、実はこうした気づきは以前に右足ハムストリングの肉離れを起こしたときに既に経験したことであり、もっと言えば更に以前に左ひざの腸脛靭帯に炎症を起こした時にも経験したし、右足首の腱が部分断裂を起こした時にも経験したこと。自分が深く考察すべきことは別にあるのではないかという気もします。

サポーターを装着した右足をかばって歩いていると、どうせまたサッカーでしょ、と言われますが、ひとりだけ『おや甘糟さん、鮫にでも襲われましたか』と言った人がいます。

そんなわけないだろ。


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日付 [所長の部屋]

今日は7月26日。

津久井やまゆり園で凄惨な事件が起こってから2年が経ちました。

7月26日という日付には、8月15日とか、3月11日とか、そういう重みを感じます。

よりによってこんなタイミングでどこかの国会議員が性的マイノリティをめぐって愚にもつかない差別的な言質を撒き散らしていて、うんざりしたりします。

多様性を重んじる社会とは“多様性を重んじる社会など無価値”という意見も重んじる社会ということになるわけです。

「価値のある人間・ない人間」という区別などない、あるのは「価値を見出せる能力のある人間・ない人間」という区別である。

脊髄性筋萎縮症という難病患者であり呼吸器を装着して生きる海老原宏美さんが女性活躍推進大賞の受賞に際して都知事に送った手紙の一節を、繰り返し呪文のように唱えています。

海老原さんの手紙の全文はこちら←クリックするとリンクが開きます
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気になること [所長の部屋]

新幹線のなかで起きた事件についての報道のなかで、容疑者をめぐって『自閉症』とか『発達障害』とかいう単語が使われていました。

大きく分けて、この報道にはふたつの問題点があると思います。

ひとつめは、犯罪についての容疑者をめぐる報道のなかでそのような言葉が用いられれば、そこに犯行との因果関係があると誤解する人がいるだろうということです。書いた側にそのような属性と犯行を結びつける意識がないとしても、読んだ人がそう解釈するということは容易に想定できます。まあそもそも因果関係と結びつかない(と書いた人が判断した)属性なら書かないだろうし。“容疑者はみずがめ座”とか“容疑者はサッカー好き”とか書かないだろう、と。(みずがめ座もサッカー好きも今回の事件の容疑者とは関係ない任意の想定です、念のため)

もうひとつ、容疑者が自閉症であったとか発達障害であったとかいうのが全くの伝聞で、事実としてそうであったかどうかの確認をしていないまま記事にしているところです。『自閉症』に関しては同居していた親戚の発言の引用でしたが、『彼は自閉症だったと親戚が述べた』ということと『彼は自閉症だった』ということの間にある隔たりをきちんと伝えなければなりません。

というようなことをつらつら考えていたら、そこらへんのことを実に明快に論じている記事をウェブ上で発見しました。『現代ビジネス』というサイトで原田隆之さんという方が書いておられる『新幹線殺傷事件「発達障害と犯罪」を強調した報道への大きな違和感』という記事です。リンクを勝手に貼っていいかどうかわからないので、検索していただければと思います。読みごたえあり。特に2ページ目。

で、同じサイトに『これから給料が「下がる仕事」「上がる仕事」全210職種を公開』っていう記事もあって、野次馬気分で覗いてみたら、これから給料が上がると予想される仕事のリストに介護・福祉系の職種がたくさんランクインしてるじゃないですか。しかも『生活支援員』なんて職種が36位にあって、注がついていて、その注を見てみたら“施設などで障害を持った人の日常生活支援などを行う仕事”って書いてあるじゃないですか。

これってつまり、要するに『標準化しにくい業務』についてはAIより人間ということなのかなと思います。標準化しにくいというのは属人化しやすいということでもあるし、手放しで喜んでいい話とも思えないんだけれど、ともかくこういったリストにのるぐらいメジャーな職種になった(まだ注が必要だけど)というのは喜んでいいのではないかと思います。
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