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実感 [所長の部屋]

わたくしごとですが、膝を負傷しました。内側側副靭帯の損傷という診断です。

別に手術をするようなものではなく、湿布とサポーターで保存療法という平凡なコースなのですが、なにしろ靭帯に傷がついているので歩くと痛い。そして動きが悪い。

しもごうの最寄り駅であるJR戸塚駅。改札が橋上と地下にあって、電車を降りたら上に行くか下に行くか。島はふたつ、東京に向かって左側が上りホームで、左側が横須賀線と湘南新宿ラインで右側が東海道線。もうひとつが下りホーム、同じ路線。

で。

下りホームからは橋上改札に行くエレベーターはあるけど地下改札に行くエレベーターがない。上りホームからは地下改札に行くエレベーターも橋上改札に行くエレベーターもあるけど別系統。

ということは、足が不自由な人が地下改札から下りホームに行くためには
①エレベーターで上りホームへ
②上りホームで別のエレベーターに乗り換えて橋上改札内通路へ
③さらに別のエレベーターに乗り換えて下りホームへ
という動きをすることになります。

で、地下改札を入ったところに
“お体の不自由な方が下りホームに行くにはこのように(注;上記①~③)するのが便利です”と表記があります。

いや便利ではないだろ。

ついでに言えば、橋上改札から各ホームへは登りエスカレーターはあるけど下りエスカレーターはない。これまた内側側副靭帯を損傷している身には不便で、上りは階段でなんとかなるけど下りはどうにもならない。歩行に不自由のない人はエスカレーターどっちかひとつだけって言われたら上りお願いしますって答えるだろうけど、いまのわたくしは下りエスカレーターお願いしたいです。言い換えるならば、歩行に不自由な人にとっての下りエスカレーターがニードであるのに対して歩行に不自由のない人にとっての上りエスカレーターはディマンドであるということでしょうか。

ふだん階段はトレーニング道具だと思っているわたくしですが、内側側副靭帯を損傷したことによってこういうちょっとした不便や不具合について実感のこもった気づきがあります。ハンディキャップをもって街で暮らすことをより深く考察するうえで大切な経験だと思うと、損傷した内側側副靭帯に感謝したい気持ちになります。

ただ、実はこうした気づきは以前に右足ハムストリングの肉離れを起こしたときに既に経験したことであり、もっと言えば更に以前に左ひざの腸脛靭帯に炎症を起こした時にも経験したし、右足首の腱が部分断裂を起こした時にも経験したこと。自分が深く考察すべきことは別にあるのではないかという気もします。

サポーターを装着した右足をかばって歩いていると、どうせまたサッカーでしょ、と言われますが、ひとりだけ『おや甘糟さん、鮫にでも襲われましたか』と言った人がいます。

そんなわけないだろ。


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記憶力 [日常]

夏休みが明け、すっかり平常運転の活動ホームしもごう。

今日、しもごうの前に名鉄運輸のトラックが停まりました。

反射的に、“お、塩ビが来た”と思いました。

で、一瞬後に、いやいやそんなわけないだろ、と。

わたくしが入職したころ、しもごう(と言うか正確には当時は地域作業所とつか)では換気扇カバーという下請け作業をやっていました。家庭用の換気扇に取り付ける使い捨てのカバー(不織布とアルミでできてるやつ)を包装する仕事です。ラベル折り、塩ビ剥がし、ばね付け、組み立て、テープ貼り、箱入れと工程が多く、みんなの得意を組み合わせてばりばり仕事をしていました。

材料の種類が多くて、それぞれ別々の所から別々の業者さんが配送してくれていて、塩ビという資材を配送してくれていたのが名鉄運輸だったのです。塩ビっていうのは要するに透明のパッケージで、40×20×90センチぐらいの段ボール箱にそれがぎっしり入っていてものすごく重いので(多分ひと箱30キロぐらい)、塩ビが来るとちょっと気合が入ったものでした。よ~し運ぶぞ、と。

時期によって受注量に波がありましたが、10月とか11月には作業室が半分埋まってしまうぐらいに資材や製品が積まれていました。いま考えると恐ろしいことです。

換気扇カバーの作業をやっていたのはいつごろまでなのか、今となっては記録すら残っていません。21世紀に入るころにはすでに終わっていたような…。いや、もうちょっとやってたかな~。いずれにせよ、もうすでにけっこう前のことになりますが、それでも名鉄運輸のトラックを見て反射的に塩ビが出てくる、記憶力ってすごいな~。

しかし、そんな昔のことが反射的に出てくるにもかかわらず直近の会議や打ち合わせの日程を失念してしまうのは、どうしたわけなんだろう。


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夏季休業 [日常]

活動ホームしもごう、第2しもごう、第3しもごうは8月9日(木)から14(火)まで夏季休業となります。

夏休みが明けたらプランターのキュウリとナスがちょうど食べごろになっているはず。楽しみです。

明日は台風が来るとか。送迎どうするんだという難しい判断を回避できて、まあよかった。


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日付 [所長の部屋]

今日は7月26日。

津久井やまゆり園で凄惨な事件が起こってから2年が経ちました。

7月26日という日付には、8月15日とか、3月11日とか、そういう重みを感じます。

よりによってこんなタイミングでどこかの国会議員が性的マイノリティをめぐって愚にもつかない差別的な言質を撒き散らしていて、うんざりしたりします。

多様性を重んじる社会とは“多様性を重んじる社会など無価値”という意見も重んじる社会ということになるわけです。

「価値のある人間・ない人間」という区別などない、あるのは「価値を見出せる能力のある人間・ない人間」という区別である。

脊髄性筋萎縮症という難病患者であり呼吸器を装着して生きる海老原宏美さんが女性活躍推進大賞の受賞に際して都知事に送った手紙の一節を、繰り返し呪文のように唱えています。

海老原さんの手紙の全文はこちら←クリックするとリンクが開きます
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福祉を創る学校

暑い日が続いています。9月頭までこの暑さが続くかと思うと気が遠くなります。

さて、今日は宣伝です。表題の勉強会に登壇することになりました。

第9回福祉を創る学校.jpg
今回のお題は医療と福祉の連携について。
障害福祉に携わる人なら一度は悩む、このテーマ。
別に人前でお話しできるほどの成功事例があるわけではないし、ドクターも交えた座談会的なスタイルなので、“なんで医者って〇〇なんですか”とか、“〇〇な医者ってどうやったら△△できるんですか”とか、思い切って直球勝負しようと思っています。

期日が迫っていますが、興味のある方はぜひお越しください。

詳細はこちら
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そうなるってわかってるんだからなんとかしなきゃいけない件 [時事]

先日、大阪で大きな地震があったのは記憶に新しいところ。
で、その地震にまつわる報道の中に、

『介護施設へ駆け込み 福祉避難所、開設されず』

という記事がありました。

災害→避難所開設→要援護者は“迷惑がかかるから”といって避難所に行かず→避難所に要援護者がいないから二次避難所である福祉避難所は開設されず→要援護者は孤立→福祉系が独自の動き

という流れ。

災害のたびに繰り返されるこの流れ、なんとかしなくちゃいけない。そうなるってわかってるんだから。

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夏野菜

7月はじめにして完全に真夏な今日このごろ。

夏って言ったら夏野菜。
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ピーマン。なかなか順調。

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なす。かなり順調。

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ミニトマト。そこそこ順調。ただし形が若干おかしい気が。

そんななか、出遅れ気味なのが
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きゅうり。まだまだこれから。本田選手流に言うなら伸びしろですね。

収穫が楽しみです。



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お国柄?

梅雨が明けちゃったみたいな暑い日が続いています。

今年は呉秀三っていう人の『わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸の他に、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし』という言葉からちょうど100年になります。呉秀三は日本の精神医学の草分け的な人で、当時の精神疾患の患者さんの生活状況をつぶさに調査して『精神病者私宅監置ノ實況及ビ其統計的觀察』という報告書にまとめた人です。で、この報告書のなかに上記の言葉があるのですが、要するに自分が調査で接した精神病患者たちは疾患という不幸の上に“この国に生まれた”という不幸が重なっている、と言っているのです。その背景には『座敷牢』と呼ばれる、精神疾患や知的障害のある人を家族が狭い個室や檻に閉じ込めている無数の事例がありました。

彼の言葉から100年たって、『この国』はどのように変わったのでしょうか。このところ障害のある家族を監禁していたという事例が立て続けにニュースになりました。いずれの事件でも、家族の孤立がその背景として語られています。『世間』という言葉(最近では同調圧力という表現が流行ってるみたいです)に滲み出る線引き志向と、戦っていかないとな。

お国柄と言えば。

送迎車のなかで、ラジオを流しています。もちろん安全運行に支障がないボリュームで、です。
行き帰りっていうのはメンバーのみんなにとって街の風にあたる時間だと思ってて、なので流行りの曲とか世の中的に注目されてるニュースとかに接するのは大事だろうと。地元ネタが多いFMヨコハマが定番です。

で、メンバーのみんなが降りて、独りの帰路。EAGLE810っていうAM放送に切り替えたりしています。首都圏にいるアメリカ人、主に在日米軍とその関係者向けのチャンネル。っていっても内容は別に軍とか戦争とは関係ない、ごくこく普通のラジオ放送で、これが結構面白くて、“飲酒運転はもちろんダメだけど、日本ではドライバーが飲んでるってわかってて助手席にいたやつも車で帰るってわかってて酒出した店員も同罪なんだよ”とか、“日本では地震を『震度』っていうスケールで測るから、おんなじ地震でも場所によって表記が違うんだ”とか、ああ、それって外から見ると意外なのか、と改めて気づかされたりします。

で、こないだ、ちょっとビックリしたことにそのラジオでチャイルディッシュ・ガンビーノの『this is america』っていう曲が流れたのです。この曲はアメリカにおける人種差別とか宗教差別とか銃規制の問題とかについての強烈なメッセージだと言われていて、要するに“今のアメリカおかしいだろ”っていう曲。それが本国を離れて外国(=日本)に駐留している軍人・軍属向けの放送で普通に流れて(その前の曲はワン・ダイレクション、その後の曲はテイラー・スウィフト)DJが“なにかと話題の曲だけど、ガンビーノが現代で最も注目すべきラッパーでありクリエイターであるのは間違いないね”とか言っちゃうっていう。外国に駐留している自衛隊員向けのラジオ放送があったとして、そのラジオでRCサクセションの『summertime blues』が流れてDJが“いろいろ言われる曲だけどキヨシローの声やっぱ刺さるよねー”なんてしゃべるっていうのはちょっと想像できません。

アメリカってなんとなく独善的で支配的で(しかもややもするとそのことに無自覚で)なんとなくちょっとアレだなあと思うことも多いのですが、こういうお国柄っていうのはやっぱり見上げる部分があるな。


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気になること [所長の部屋]

新幹線のなかで起きた事件についての報道のなかで、容疑者をめぐって『自閉症』とか『発達障害』とかいう単語が使われていました。

大きく分けて、この報道にはふたつの問題点があると思います。

ひとつめは、犯罪についての容疑者をめぐる報道のなかでそのような言葉が用いられれば、そこに犯行との因果関係があると誤解する人がいるだろうということです。書いた側にそのような属性と犯行を結びつける意識がないとしても、読んだ人がそう解釈するということは容易に想定できます。まあそもそも因果関係と結びつかない(と書いた人が判断した)属性なら書かないだろうし。“容疑者はみずがめ座”とか“容疑者はサッカー好き”とか書かないだろう、と。(みずがめ座もサッカー好きも今回の事件の容疑者とは関係ない任意の想定です、念のため)

もうひとつ、容疑者が自閉症であったとか発達障害であったとかいうのが全くの伝聞で、事実としてそうであったかどうかの確認をしていないまま記事にしているところです。『自閉症』に関しては同居していた親戚の発言の引用でしたが、『彼は自閉症だったと親戚が述べた』ということと『彼は自閉症だった』ということの間にある隔たりをきちんと伝えなければなりません。

というようなことをつらつら考えていたら、そこらへんのことを実に明快に論じている記事をウェブ上で発見しました。『現代ビジネス』というサイトで原田隆之さんという方が書いておられる『新幹線殺傷事件「発達障害と犯罪」を強調した報道への大きな違和感』という記事です。リンクを勝手に貼っていいかどうかわからないので、検索していただければと思います。読みごたえあり。特に2ページ目。

で、同じサイトに『これから給料が「下がる仕事」「上がる仕事」全210職種を公開』っていう記事もあって、野次馬気分で覗いてみたら、これから給料が上がると予想される仕事のリストに介護・福祉系の職種がたくさんランクインしてるじゃないですか。しかも『生活支援員』なんて職種が36位にあって、注がついていて、その注を見てみたら“施設などで障害を持った人の日常生活支援などを行う仕事”って書いてあるじゃないですか。

これってつまり、要するに『標準化しにくい業務』についてはAIより人間ということなのかなと思います。標準化しにくいというのは属人化しやすいということでもあるし、手放しで喜んでいい話とも思えないんだけれど、ともかくこういったリストにのるぐらいメジャーな職種になった(まだ注が必要だけど)というのは喜んでいいのではないかと思います。
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言語化の難しさ [所長の部屋]

しもごうでは週に一度常勤スタッフのミーティングをしていて、月に一度は非常勤・パート・事務職も含め全体でのミーティングをしています。全体でとは言ってもシフトの関係やそのほかのスケジュールの都合で必ずしも全員が揃うわけではないので、欠席した場合は会議録で内容を確認しています。

私が入職した時に全部で6名だったスタッフが、今では約20名。こうなってくると、『共有』が非常に重要な課題になってきます。で、そのためには事象およびそれに対する見立てを再現可能な形で言語化し、それをさらに要約して文字化するという作業が求められます。これがなかなかむずかしい。

これがなかなかむずかしい、でもすごく大事なことだと認識しているから、スタッフはみんなそこに苦労しています。

こないだ、あるメンバーが冷蔵庫を開けちゃったっていうことがありました。これをただ冷蔵庫を開けたって書いても、はあそうですか、で終わってしまうのですが、大事なのはそこにどんな意図や気持ちの動きがあった(と思われる)のかがちゃんと伝わるように書くこと。手書きの申し送りメモを作りながら“う~ん、なんか違うな~”とうなっている某若手スタッフ。おお、こういう四苦八苦は成長の大きな糧だぞ、と頼もしい思いで覗き込んだら

『冷蔵軍』

って書いては消して。

・・・・・・

そうか。キミは『庫』と書きたいのだな。

それをスマホに頼らず自分でなんとか思い出すことだって成長の大きな糧かもしれないぞ。

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